【FaB旅行記】マニラ篇 その4:宴のあとに、宴がはじまる

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海外大会への遠征を記録した旅行記風のエッセイをお届けします。
書き手は、東京を拠点とするFaBプレイヤーのオオタ氏。
今回はマニラ篇と題し、2024年2月3日に実施されたBattle Hardened: Manila(Blitzフォーマット)での経験を、全4回に分けて掲載します。

前回の記事はコチラからご覧ください。

◯問われる集中力

つづけて8番テーブルの卓に着く。このマッチに賭かっているものを整理すると、つぎのようになる。

まず、基本的に大会は予選ラウンドと決勝トーナメントの二部制で実施される。今大会も例外ではない。そして参加者総数から割り出された予選ラウンドは8回戦になるという。8回のうち、おおよそ2敗するまでは予選を抜ける可能性があるようだ。直近の相手とは第7回戦を闘うことになる。そのため、ここ(第7回戦)とそのつぎ(第8回戦)を勝てば、トップ8の決勝トーナメントに進む可能性がでてくる。

そして重要なことは、トップ8が賞金圏内だということだ。──カードゲームをしていて賞金がもらえる?! 知ってはいたが、いざ目の前にその可能性が提示されると、いささか面食らうところがある。

さて、始まった7回戦目の相手のヒーローはドリンシアだった。鍛冶の名工一族であるアイアンソング家のもとに生まれ、テンプル騎士団の鎧をまとって軽やかに剣を振るう騎士である。彼女はマニラでは人気のヒーローらしく、「mai waifu(my wifeの意味)」と称して〝テア〟に熱を上げるプレイヤーが一定数存在する──というのはジュジュさんに聞いた事実だ。

ゲーム内のドリンシアは、端的に言って対戦相手に綱渡りを強いるようなヒーローである。対峙する者が攻守の綱を踏み外し、ひとたびドリンシアの攻撃を防ぐことに失敗すれば、そのまま一方的な守勢に立たされてしまう。まるでボクサーがコーナーに追い詰められるかのように、負けるまで守りつづけるような展開を招いてしまうのだ。

わたしにはドリンシア対面の経験が何度もあった。それは、ゴトーという昔ながらの友人がドリンシアをよくプレイしていたためだ。

しかし経験があろうとも、マニラの大会中には防御の筋が良くなかった。もとより、それほど得意なマッチだとも思えていなかった。ドリンシア側の攻め筋をつぶさに把握するほどの準備もできていないままだった。

守勢から攻勢に転じる隙を与えてもらうことなく、またこちらが犯したミスも祟って、結果は惨敗だった。

この時点でトップ8に進む可能性はほぼ潰えてしまったが、そのあたりの大会のルールについて、現場に居た当時はあまり把握できていなかった。なんにせよ予選のスイスドローをやりきるつもりで第8回戦に臨んだ。

結果から言えば、わたしは最終マッチも落とした。対面したヒーローはヴィクターと言い、大会の直前に登場したキャラクターだった。

十分な対策ができていなかったことは認めよう。しかしそれ以上に明確な敗因を、わたしは己のうちに見出すことができる。

それは、集中力の欠如だ。思えば、午前10時から夕方まで休憩もなくぶっ通しで対戦していた。そのあいだに集中力の資源が枯渇してしまったのを感じてもいた。なお、今大会に休憩が存在しないのは通常どおりの進行である。また、ほぼすべての大会において明確な休憩時間が取られることはない。

だからだろう──のちに有名プレイヤーを大会会場で見かけた際に、そのひとがラウンド間にバナナや軽食を頬張ったり、水筒を持参したりしていることに気がつくようになった。

十全に集中力を発揮できるコンディションを保つこと。それもまた、勝利のために必要な準備なのだろう。さながらアスリートのような心構えが要求されているわけだ。競技TCGを〈マインドスポーツ〉と呼ぶこともあるが、その真意を理解できた気がする。

ただし、どれほどの準備や思慮深さをもってしても、注意の至らぬ指し手(ミスプレイ)はつきものである。

これに関して、先達はさまざまな記事を書いている。わけても、わたしのお気に入りの書き手である〝YLB〟を紹介しよう。YLBとはカナダFaBシーンの指導者にして、世界ランキング上位常連のユキ・リー・ベンダー(Yuki Lee Bender)のことだ。彼女が運営するPatreonには、大会参加の記録がアップされることがある。「相手がこうすると思ったから、じぶんはここではこうした」というような内容をふくんだものだ。いわば、一方視点による感想戦である。それを読むのがわたしは好きだ。彼女の大局観にまつわる洞察や言語化能力にはいつも学ばされるところがある。

そんなYLBが公開した「禅の境地にいたる(Calling Minneapolis Report – Finding my Zen State)」と題された記事は傑作だった。東洋的な世界観の僧侶をモチーフにした〈忍者〉クラスのゼンという名前のヒーローを使ってYLBが大会に参加した際のふりかえりを扱った記事である。ゲーム中にイライラする自分を押さえつけながら、なんとか目の前の盤面に集中力を注ぎ込もうとする苦闘の記録だ。

ほかにも、ベン・ドッド(Ben Dodd)というプレイヤーの記事も示唆に富む。彼はCallingという高級な大会の覇者を経験したミュージーランドのプレイヤーである。

ドッドが書いた「競技的マインドセットと自覚(Competitive Mindsets: Awareness)」を少し読んでみたい。

いわく、「あそこであのようにカードを使っていれば」と悔やむのは悪いことじゃない。「運に負けた」とうそぶくのも大いに結構である。ただし、1,2マッチ目の後悔を引きずって3マッチ目に臨むべきではない。引きずった者は、3つ目も必ず落とす。

必要なことは、自らの精神状態の自覚である。ベン・ドッドはそう説く。奇しくも、YLBが経験したおのれの精神との対話にも重なる部分がある。

──会場内に歓声が上がる。黒と橙のユニフォームの面々が会場の一角へ駆け寄り、大会チャンプを祝福している。Team Unboxのジャスティンが、みごと優勝したらしい。地元の強豪がフィリピンの公式大会をきっちりと勝ちきったことで、現地の皆が感極まっている。

そのようすを間近で見て、わたしもなんだか嬉しい気持ちになった。たくさんの友人が所属するTeam Unboxの成果が、大げさな表現になるが、もはや自分ごとのように感じられた。

表彰を見ながら、自分の最終成績を確認する。24位という数字だった。175名中のその数字は、初心者にしては健闘したほうかもしれない。

「今大会の教訓はなんだと思う?」この場にいないタムラに問われた気がした。「そのことのふりかえりがもっとも大事なことだろう」と。

マニラ大会の敗退が決まったいま、あらためて内省してみる──。

ミッコとの感想戦、ジュジュに教わったハイテーブルの風景、YLBやベン・ドッドの記事。

見聞きしたいろんなものが去来した。

そしてわたしは答えるだろう。

「ただ楽しむこと。楽しめていないとき、集中できていないとき、イライラしているとき──そうしたときは、自分の精神状態を見つめ直す冷静さを、取り戻せるよう務めること。今大会で学んだのは、その種のことだね」

◯宴のあとに、宴がはじまる

マニラ大会が終わったつぎの日は、楽しいことしかなかった。翌日はクラシック構築のルールで闘うイベントが開催されており、わたしもそこに参加した。連日の疲労もあって自分の成績は振るわずの即敗退だったが。

しかし、ミッコが順調に勝っていた。彼は決勝トーナメントへと駒を進めているようだった。そのため、チームメイトを応援するジュジュやUnboxの面々といっしょになって、わたしもミッコを応援した。

「配信卓を覗いてきたんだけど」ジュジュが笑いながら、わたしに話しかけてきた。そうして友人を評する。「ミッコがすごい形相だった。固くなってるな」

もはや友人面(ヅラ)のわたしが応じる。「フィーチャーマッチで緊張してるんだと思う。配信でみんなに見られてると負けるっていうジンクスがあるんだって」

「マジで(リアリー)? そんなジンクス、知らなかった」

ジンクスどおりと言うべきか、残念ながら、ミッコは準々決勝で惜しくも敗れた。マッチ終わりに、ミッコはわれわれのもとへ真っ先に結果を報告しに来てくれた。ひどく消耗したようすだったが、それでもアドレナリンで覚醒した感じの口調でマッチをふりかえっていた。ゲームプランを詰めきれていない相手だった、それが敗着だったと。

気がつけば、時刻は21時過ぎ。この日も朝から晩まで、約15時間もFaB漬けだった。空腹を感じたため、Unboxのみんなと別れて、ひとまず夕食へ。彼らはわりあい郊外から自動車で来ていたらしく、夕飯をともにする流れにはならなかった。

会場にほど近い、大きめの店舗にひとりも客が見当たらない四川風中華の店に入ってみる。大会の興奮冷めやらぬといった体で、オーダーをするときも、食事がテーブルに運ばれてからも、ずっとFaBのことを考えていた。

──だれかと通話するか。

そんな気分になった。そこでタムラにメッセージしてみたところ、折よくつながった。

「けっこう勝ったみたいじゃない」と通話越しのタムラ。「24位はまあ立派だよ」

「ぼちぼち、かな。けど、友達はたくさんできたよ。ジュジュとかミッコとか、みんな強かった。ミスター・ジャスティン・クーともドラフト卓で同席したから指南してもらったんだけどね、彼によれば──」

レストランからホテルまで歩きながら、通話越しのタムラにいろいろ報告した。部屋に帰り着いてからも、友人のゴトーを呼び出して3人で通話した。異国の地で、硬いマットレスに寝そべりながら、土産話を語って聞かせた。古馴染みの友人らと〈See the World〉の経験を分かち合うのは心地よかった。

明け方まで続いた会話のなかで、タムラはしきりにケイヨという〈野人〉クラスの新ヒーローについて熱っぽく語っていた。

「あいつは本物だ。一枚あたりのカードの〈表現価値〉で考えれば、とんでもない数字になってる。新環境では間違いなくケイヨが暴れる」

新環境というのは、新製品リリース後のゲームの状況ということだ。TCGの常だが、新たな製品が発売されてカードが追加されると、それ以前のデッキ間の有利不利に大きな変化が生じる。そうした状況は〈環境〉や〈メタゲーム〉という用語で言い表わされている。

わたしとゴトーは、半信半疑の体で聞いていた。というのも、マニラ大会が行なわれた週末は、新製品がお披露目となった翌日のことだったのだ。

FaBの新製品『暴力の饗宴』のリリース日が2024年2月2日。そしてマニラ大会の本戦が2月3日。その翌日であるこの日の時点では、新ヒーローのデッキはそれほど出回っていなかった。いや、出回っていたのかもしれないが、当時のわたしはあまり気を配っていなかった。

「まだわからないなあ」と、わたしはぼんやりと耳を傾けていた。「けどまあ、ジャスティン・クーも新ヒーローで優勝したのは事実なんだよな。ケイヨじゃなくてヴィクターだけど」

ゴトーもそれほど前のめりでなく聞いている。

「ドリンシアは新カードで大幅強化を受けたし、野人にはもともと有利だからまあ……」

それでもタムラは、頑としてじぶんの主張を曲げなかった。

あいつは本物なんだ

さて、一晩開けて2月5日のこと。先に紹介したカナダのYLBが、自身のXにひとつのポストを投稿した。

「恍惚とした気分です。組み上げたケイヨのデッキを使い、11マッチを全勝で走り切りました」

マニラ大会と同じ週末に開催されていたハートフォードの大会。そこでYLBが、なんとケイヨを用いて無敗優勝を果たしたのだ。

もはやわたしもタムラの言を受け入れざるを得なかった。わたしが好んで使うレヴァイアもケイヨと同じく野人クラスのヒーローであり、自分にとっても追い風だった。このとき以来、新ヒーローや新カードが環境にもたらす変化に対して敏感にならねばならぬと、肝に銘じた。逆に言えば、それまでは環境の変化について、それほど真剣に向き合ってこなかった。

新環境の野人は本物だ

──暴力の饗宴が始まった。野人天下の時代が到来したのだ。

(マニラ篇・完)


Tom Ohta / Sappiest @Sappiest_FaB
お気に入りヒーロー:《Levia》,《Florian》
お気に入りカード:《Scowling Flesh Bag》
ホームショップ:CloveBase池袋
アジア圏の交流を図るDiscordサーバー〈Sappiest〉を細々と運営中。サーバーでは日夜調整が行われたり英語のチャットが飛び交ったり。FaBの海外情報を発信するPodcast〈ぶらぶら新報〉も配信中! 都内のシーシャ屋によく出没します。

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