【FaB旅行記】マニラ篇 その3:ハイテーブルの風景

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海外大会への遠征を記録した旅行記風のエッセイをお届けします。
書き手は、東京を拠点とするFaBプレイヤーのオオタ氏。
今回はマニラ篇と題し、2024年2月3日に実施されたBattle Hardened: Manila(Blitzフォーマット)での経験を、全4回に分けて掲載します。

前回の掲載はコチラからご覧ください。

◯Team Unboxの友人たち

勝敗についてはあまり実感がなく、ただ目の前のマッチを闘い抜くことに意識が向いていた。気がつけば、それぞれのマッチをすこぶる楽しめていた。聞き慣れぬフィリピノ語に混じって英語が飛び交う空間で、欧文で書かれたカードを手にして、それほど得意でもない英会話でコミュニケーションを取りながら、相手と互いにカードをプレイする。異国でしか得られぬ体験の豊かさに、そのときわたしは満たされていた。

自分のマッチが終わり、よその卓で勝敗が決するまでの待機時間。その間に会場を見回していると、フィリピノ語を話す黒づくめの人だかりに気がついた。彼ら彼女らの服装がいかにも特徴的なのだ。つるつるとしたポリエステルの黒地のポロシャツで、肩口には鮮やかなオレンジ色が映える。黒と橙のコントラストに多くの者が目を惹かれるだろう。

あとから知ったのだが、それは〈Team Unbox〉の面々だ。マニラに店舗を構えるとあるショップが運営するチームである。

第三マッチでわたしはTeam Unboxのひとりと対面した。

「ハイ、ナイストゥミートユー。日本から来たトモヤです。あなたは──そこで対戦相手の名前を確認した──あなたはミッコ(Mikko)さん?」

黒と橙の例のユニフォームに身を包んだ相手は、イエスと応じる。白いものが混じった髭面に、ぶ厚い黒縁の眼鏡をかけている。フレーム越しにはやさしげな瞳が窺える。少しの世間話を挟み、ミッコとの対戦が始まった。

そのときのわたしは端的に言ってツイていたため、カードを引くたび強いものがどんどん手に入った。《血濡れの咆哮(Bloodrush Bellow)》という強力なカードを用いて、序盤から自分のペースでゲームを主導していく。

ところで、ミッコは惚れ惚れするような所作でカードを扱う。無駄なくリソースを支払い、見やすくカードをプレイし、しかるべきぴったりの枚数を山札からドローする。

手練れだ。数ターンのやりとりを経て、そう思った。

そして最終盤。互いのライフが一桁台の低い数値にさしかかったとき、ミッコが言った。

「ちょっとジャッジに確かめたいことがある。いいかな?」

「もちろんです」そうは言ったものの、気が気でなかった。なにかよくないことをしでかしてしまっただろうか。

明朗とした発声でミッコが会場へ呼びかける──「ジャッジ!」

黄色いユニフォームをまとったジャッジが駆けつけてきた。ミッコがなにごとかを確認する。

ミッコの使用ヒーローはエンペラーという〈魔術師〉で、相手のターン中に割り込んでカードをプレイできる。そのため、エンペラーに対峙するプレイヤーは、たとえ自分の攻め番であっても一挙にライフを溶かされることがある。つまり、攻撃プレイヤーは自分が攻めている最中に負けることがありうるのだ。

そのターンはわたしの攻め番だった。そして油断ならぬ盤面になっていた。勝つか負けるかの分水嶺がここにあった。

ジャッジに見守られるなか、ミッコが言った。

「わたしの負けだ。降参するよ」

自分のなかで一挙に緊張が解けるのを感じた。

「いいんですか? まだライフは残っていますけれど」

「計算ミスだった(ミスカルキュレイテッド)。こっちの効果があっちにも適用されると思ったんだけどな」

そこで彼は手札をそっと開き、また裏向きになっていた盤面のカードを表にした。それらを見てわたしは言った。

「なるほど。たしかにこちらが勝っていそうです。なんにせよ(エニウェイ)、グッドゲームでした。エンペラーとの対面はそんなに経験がないから、ヒヤヒヤでしたよ」

「そう。すれ違って勝つ以外になかった。ただ、じつはわたしもエンペラーにはあまり慣れていないんだ。ブリッツはあまりやらなくてね」

ブリッツというのは今大会のルールのことだ。より競技志向のプレイヤーは、ブリッツではなくクラシック構築というルールに親しみがある場合が多い。そしてエンペラーはブリッツ専用のヒーローだ。

そこでユニフォームを指さして訊く。

「あなたはUnboxの方ですよね?」

いかにも、とミッコは応じる。

自然と感想戦が始まった。

「わたしはどちらかと言うと初心者なんです。あなたのほうが格上であるのは間違いないと思いました。だからリスク承知で踏み込んだんです。ロングゲームをしたらボロが出て、エンペラーにつけこまれる隙を晒すことになるだろうって」

〝たしかに危なっかしいところがあった〟

まるでそんな所感をもったかのように頷いて、ミッコは言った。

「トモヤ、きみは十分うまくやっていたと思う。ウェルプレイドだ」

とびきり嬉しい一言をもらってしまった。その瞬間に湧き上がってきた感情を、どう言葉にしたらよいだろう。格上に勝った高揚感はひとしおだった。それ以上に、タムラとともに立てた作戦──ハイロールなアグロによる番狂わせ──がまさに実ったわけだった。舞い上がる気持ちでいたところに、さらなる嬉しいサプライズが待っていた。

「おそらくきみは今大会に参加した唯一の日本人だ。今日は地元プレイヤーが多いからね。だからトモヤ、マニラ渡航のおみやげとして、ぜひこれを受け取ってほしい」

ミッコはそこで自分のカードを片付けた。カードの下の敷きものを、こちらにさしだす。黒地に橙の差し色が鮮やかなデザインのプレイマット、Team Unboxのプレイマットだった。ショップとしてのUnboxが今大会のために制作したオリジナルグッズだ。

「ぜひ日本でもこれを使って、マニラのチームを宣伝してくれ」笑いながらそう付け加えた。

その後すっかり仲良くなったわれわれは、ミッコが紹介してくれた何人ものマニラプレイヤーと談笑した。いまでは彼ら彼女らとはFacebookの友人になっている。

なかでも、Team Unboxのジュジュ(Juju)とは、帰国後もチャットでおしゃべりする間柄になった。

◯ハイテーブルの風景

マッチ間の待ち時間に雑談していたときのこと。

「ジュジュさん、あなたがたのチームはほんとうに強いみたいだね」そう水を向けてみた。

「まあね。ほらあっち、長机の先っぽにも黒と橙のユニフォームが見えるでしょう。1番テーブルに座ってるのがジャスティンだよ」

ジャスティン・クー(Justin Cu)。彼の名前は、日本にも伝わってきていた。彼は国別選手権のフィリピン大会で優勝したチャンピオンだ。つまり、フィリピンいち強いプレイヤーということ。

「ジャスティンはチームメイトなんだ。Unboxの練習でチャンプと対戦できるのは緊張するけど、僥倖だね。大会だと彼はずっとハイテーブルにいるからさ、めったなことでは対面できないね」

「ハイテーブル?」

「若い番号の卓のことさ。勝つたびに繰り上がっていくでしょう? ──ほら、つぎの席が発表されたよ。見てみなよ」

プレイヤーは各マッチで勝敗が決すると、各自のスマートフォンから公式のシステムにアクセスし、WinかLoseの結果を登録する手はずとなっている。すべての卓で勝敗が登録されたのち、つぎに着くべきテーブルの番号が示されることになる。

ジュジュに促されるまま、手もとのスマートフォンに視線を移す。

「テーブル番号8」

卓番は間違っているかもしれないが、たしかそんなような表示だったかと記憶している。それを見たときに気がついた。

8番? ──けっこう上まで登ってきているじゃないか。

ここでTCGの大会について少し説明しておくと、プレイヤーの順位が上がるたびに、対戦するテーブルの番号も繰り上がっていくのだ。極めて単純化すると、1位と2位のプレイヤーが一番卓で対戦することになる。思い起こせば、今大会の参加者は175名だった。そしてFaBは一対一で対戦するゲームだ。そのため、卓の総数は最低でも175割る2の88卓分が確保されている計算になる。つまり最下位卓は88番テーブルだ。最初の1マッチはランダムに卓が割り当てられるものの、その後勝つたびに数字が若いほうのテーブルに移動していくことになる。

細かいルールや勝ち点などの計算を端折ってしまうと、要するにわたしはそのとき8位付近の位置につけていたことになる。

これまで夢中で登録していた勝敗履歴を振り返ってみる。どうやらその時点でわたしは5連勝していた。ミッコを下したときの成績は×◯◯、いわゆる「2-1」の2勝1敗だった。その後も勝ち続けたわたしの成績は、6マッチ終了時点で×◯◯◯◯◯の5-1となっていた。

「なるほど。一桁台の8番卓──たしかにハイテーブルですね。つぎの相手はさぞ強いんだろうな」

「お互いに頑張ろうね。グッドラック」

ジュジュはそう言って自分の卓に向かっていった。

それ以来、わたしは大会に出るたび気にかかってしまう。席の番号が若いひとたちのほうに、自然と目が吸い寄せられてしまう。

優勝の名誉や賞金もふくめた各種のプライズといったおおきなものを賭けて対戦しているそのひとたちの所作や、個々のカードの運用が気にかかる。

そうしてハイテーブルのプレイヤーたちを観察していると、興味深い事実に気付かされることになる。それは、とても和やかな雰囲気である、ということだ。大会の終盤にその卓についている場合は、予選ラウンドを抜けることが確定した──いわゆる「抜け確」になっている者もいる。もちろん、その安心感から来るひとときの和やかさもあるだろう。だが、どうやらそれだけではなさそうに思った。礼節を保ち、なおかつ楽しんでカードをプレイすることが一種の流儀であるとともに、強いプレイヤーの証左でもあるんだろう。

ハイテーブルの風景。わたしはその魅力の一端に触れた気がする。

( FaB旅行記 マニラ篇 3/4 )


Tom Ohta / Sappiest @Sappiest_FaB
お気に入りヒーロー:《Levia》,《Florian》
お気に入りカード:《Scowling Flesh Bag》
ホームショップ:CloveBase池袋
アジア圏の交流を図るDiscordサーバー〈Sappiest〉を細々と運営中。サーバーでは日夜調整が行われたり英語のチャットが飛び交ったり。FaBの海外情報を発信するPodcast〈ぶらぶら新報〉も配信中! 都内のシーシャ屋によく出没します。

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