【FaB旅行記】マニラ篇その2:ライフスタイルとプレイスタイル

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海外大会への遠征を記録した旅行記風のエッセイをお届けします。
書き手は、東京を拠点とするFaBプレイヤーのオオタ氏。
今回はマニラ篇と題し、2024年2月3日に実施されたBattle Hardened: Manila(Blitzフォーマット)での経験を、全4回に分けて掲載します。

その1はコチラからご覧ください。

◯NRTーMNL

見知らぬ他人と肘が触れ合うほどに密着を強いられるエコノミークラスの狭さも、ずいぶんと久しぶりなものだ。

そんなことを思いつつ、マニラまで約六時間のフライトをともにすることになる隣席の相手が座席につくのに手を貸す。と、足元に置いていた荷物が少しばかり相手の側に傾いていたから、慌てて引っこめようとする。

「おっと、すみません──」いや、日本語が通じる相手なのかどうか、見た目だけではわからない。「──ソーリー」かといって、英語が通じる確証だってあるわけじゃない、か。ひとりで苦笑いを噛み殺した。

やがて機の全体が離陸の準備に入り、5Gだか4Gだか2.4GHz(Wi-Fi)だかの電波から遮断され、あの手持ち無沙汰な時間がやってくる。席と席のあいだから覗く斜め前の乗客は、すでにマーベル映画の新作に見入っているようだった。つられるようにして、眼の前にある10インチ程度の液晶パネルをタッチ操作でザッピングする。

そして小さな画面に世界地図が大写しになる。そのなかでは、飛行機のアイコンがA地点からB地点へ向けて、シンプルなベジェ曲線の弧を描いている。

NRT(成田)─MNL(マニラ)。

現在時刻、18:05。目標到達時刻(ETA)、22:05。

訪れたことのないフィリピンの首都でカードゲームの大会に参加するべく、2019年から数えて4年ぶりの国際線に、わたしは乗っていた。

往路の機内では、ここ二週間ほどのあいだ行なってきた大会準備について、あらためて反芻していた。いま向かっているマニラの大会は、わたしにとって初の大舞台──いつも参加しているカジュアルなものとは異なる、競技レベルの大会だ。参加者総数は150名を超すらしい。わたしの知るかぎり、東京で100名を超す規模の競技大会が開かれたのは、2023年の一度しかない。

デッキ構築の不安だとか、人々が持ってくるデッキの予想だとか、頭のなかを渦巻く想念がさまざまありはするものの、明確に正しそうなことがひとつだけ思い浮かんだ。

準備不足。──このことだけは確からしそうに思った。そして準備不足のうちもっとも大きな部分を占めているのは、対面する相手のデッキに関する理解度であるとも自覚していた。

いまここで俎上に挙げたいのは、FaBはヒーローごとの相性がそれなりに大きいゲームであるということだ。つまり、相性が7:3程度のヒーロー同士が闘い合う可能性があるのだ。そうしたマッチアップ(彼我のヒーローの組み合わせ)に際しては、不利な側のプレイヤーが勝とうとするには、緻密な対策の知識や準備が求められる。ゲームの推移に関する適切な評価はもちろんのこと、有意な対策カードの「ここぞ」という切りどころを認識しておく必要もある。ただし、それほどの準備を積んでいたとしても、概して7:3の相性を突破するのは難しい。6:4ですらそうとうに分厚い壁に感じるものだ。そのため、不利な対面を踏んでしまった上級プレイヤーが不思議と晴れやかな表情でいるという、そんなようすはしばしば見られる。うまいこと相手と「噛み合」ったり、「上振れ」たりすることなしには、基本的には負けるものであるという、ある種の「割り切り」をもって相手に臨んでいるわけだ。

さて、わたしはこのゲームを始めていまだ半年未満のプレイヤーである。いまだ対面したことのないヒーローが、まだまだたくさんいる。どんなふうに動いてくるのか、ろくすっぽ知らないヒーローすらもいる。

そんなビギナーが競技的な大会で多少なりとも勝つためには、どんな戦略が必要だろうか? 解いてみたい問題はこれである。これについて以前、ともにFaBに取りくんでいる友人のタムラに相談してみたことがある。

◯ライフスタイルとプレイスタイル

「まあでも自分の側のヒーローは決まっているわけじゃない? もし仮に自分の側が浮ついてるとしたら、30×30の900通りもの可能性を検討しなきゃいけなかったわけだから、それに比べたらよっぽど耐えてる」タムラはつづける。「ざっと数えて30通りの対面に備えればいい。──いや嘘か。いまのメタでプレイアブルなヒーローは20人もいない。まあせいぜい15人ってところじゃないか。つまり15通りの準備をすることだね。余裕でしょ」

いまプレイして勝てる見込みのあるヒーローは15名ほどであるからして、相手になりうるのもまたその程度の種類である。タムラが言っていることの要諦はそこにある。これを真に受ければ、たしかに、準備すべき事項の総数が減りはする。

けれども、仮に15通りだったとしても、その可能性を検討し尽くすほどの可処分時間は、自分にはなかった。家庭と仕事と趣味の両立という点でなかなか厳しく、またカードゲーム以外の趣味で制作・創作活動もしている身としても、十分に時間を取るのがむずかしい。その種のことをモゴモゴとタムラに言った。言っているうち、自分で気がついた。

「相手に付き合わなければいいんだ。対応するような構築にするんじゃなく、自分がやりたいことをやるタイプの構築にしたらいいんだ」

「同意だな。いまの条件ならば、アグロで押しつけていく──主導権を握っていくのがよさそう。そういえば結婚は来月って言ったっけ? ライフスタイルも変わるいまこそ、ミッドレンジ的な考え方を捨てるときだろうな」

TCGにおける基本的な3すくみのじゃんけんというのがある。アグレッシブに相手を攻めたてる〈アグロ〉のデッキと、相手の攻め手をすべて受けとめて守り通す〈コントロール〉デッキと、相手のスタイルに応じた柔軟な押し引きのなかで少しずつ相手にまさっていく〈ミッドレンジ〉のデッキと、3種類ある。しかしFaBにおけるミッドレンジは、初心者目線では難しすぎる。受験勉強になぞらえるなら、対策しなきゃいけない科目が多すぎるのだ。

FaB以前の自分はどうだったか──。わたしはMTGを2年半ほど遊んでいた時期がある。このときに好きだったタイプのデッキは、相手に応じて柔軟に対応できるようなものだった。相手が打ってくるかもしれぬ呪文の一覧をつねに頭に浮かべながら、こちらも呪文を唱えるのだ。MTGに打ち込んでいた頃のわたしは、まるで未熟な魔道士めいて、幾多もの呪文の名前や効果や要求リソースを諳んじられるよう訓練していた。相手も同じ魔道士ならば、目には目を、歯には歯を、呪文には対抗呪文(カウンタースペル)を、というわけだ。

とある呪文カードに付された美しいフレーバーテキストは、まさにここで引用するにうってつけのものだろう。

「現実と空想の境界は本のページのように薄く、そして破けやすい」《物語への没入》

──そんな2年半の魔道士生活を思い出していた。ついに結論が固まり、そしてわたしはタムラに同意した。

「たしかに、ミッドレンジを捨てるときだね。一夜漬けの受験勉強よりもよっぽど、見込みのありそうなデッキはあるはず」

タムラと議論したときよりもさらに、いまのわたしは立場を先鋭化させているかもしれない。最近は真正面からミッドレンジで勝ちきりたいとはほとんどいっさい思わない。どちらかと言えば〝ズルじゃん〟と苦笑いされがちな、噛み合いによって上振れて勝つようなデッキのほうに、いまでは親しみを憶える。それはハイロールなギャンブラー根性だ、と周りから言われることもある。

ギャンブラーだとしても、である。わたしは勝ちたい。少ない可処分時間という条件のなかで、勝つための方法を探りたい。だから誤解を恐れずに言ってしまおう。

なるべくなら〝ズル〟して勝ちたい。決して〝いかさま〟でなしに。

運の絡む要素を繊細に運用することで、ハイロールな勝ちを得る。これがわたしの考える〝ズル〟の内実だ。練度が伴うとしたら、繊細な運要素の運用においてである。むかしMTGをしていたときに好んでいたプレイスタイルは、完封のために練度を積み上げる必要があった。そしてその過程がとても楽しかった。大量に時間を投じるなかで、負けながら学ぶという経験がとんでもなく楽しく思えた。

でも、ライフスタイルの変化とともに考え方が変わった。練習過程で勝ちが多いほうがいい。勝ちづらいゲームはつづけにくい。いまではそう思う。

ライフスタイルが変われば、ゲームのプレイスタイルも自ずと変わる。

「──当機は着陸態勢に入ります」

機内アナウンスを聞いて、内省を打ちきった。

高度が下がってくるとともに、徐々に身体が汗ばんでくる。ボーイング社製の鉄の外殻ごしにも、目的地の暑さが感じられてくるようだった。例のタッチパネルで情報にアクセスしてみる。

GMT+8の現地時刻で、マニラは2024年2月2日の午後22時にさしかかる頃。目的地の気温は摂氏32℃らしい。いっぽうの東京は0℃付近、天気は雪もようであると、数時間遅れで飛行機内に届いたニュースが報じている。

30℃超の気温差。

遠くの土地に来たことを、嫌でも痛感させられる。

( FaB旅行記 マニラ篇 2/4 )


Tom Ohta / Sappiest @Sappiest_FaB
お気に入りヒーロー:《Levia》,《Florian》
お気に入りカード:《Scowling Flesh Bag》
ホームショップ:CloveBase池袋
アジア圏の交流を図るDiscordサーバー〈Sappiest〉を細々と運営中。サーバーでは日夜調整が行われたり英語のチャットが飛び交ったり。FaBの海外情報を発信するPodcast〈ぶらぶら新報〉も配信中! 都内のシーシャ屋によく出没します。

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