海外大会への遠征を記録した旅行記風のエッセイをお届けします。
書き手は、東京を拠点とするFaBプレイヤーのオオタ氏。
今回はマニラ篇と題し、2024年2月3日に実施されたBattle Hardened: Manila(Blitzフォーマット)での経験を、全4回に分けて掲載します。
◯大ぶりの野人と小さな忍者
「──プレイヤーのみなさんは、所定の座席で待機してください。対戦相手が現われない場合は、近くのジャッジに声をかけて──」
運営から指示あるとおりのテーブルに向けて歩き、その間に呼吸を整える。
ここでさまざまな種類の不安を想像するのはたやすい。怪しげなくダイスをきちんと転がせるだろうか? 意図せずして不正な行為をしてしまわないだろうか? カードの持ち方はおかしくないだろうか、イカサマを疑われるような所作になっていないだろうか? デッキチェックは大丈夫だろうか、事前に大会に提出したデッキ内容と食い違いはないだろうか? カードを保護するプラスチックスリーブの角が折れ曲がっていないだろうか、特定のカードを引きやすいよう細工していると疑われないだろうか?
そんなふうに体がこわばってしまう可能性もありえた。
「ハイ。あなたはこのテーブルのひとですか」
うむ、と先に卓についていた相手は応じる。
「日本から来ました。どうぞよろしく」握手を求める。
「ようこそ、マニラへ。わたしは地元のプレイヤーだ。今回はフィリピンでも過去一番の大きいイベントだから、あなたみたいな旅行者も来ているんだね」
そこで全体アナウンスがあり、制限時間を測る運営の時計がスタートした。こうして大会が始まったあとは不思議と、そしてすんなりと、状況を受け入れることができていた。
目的はシンプルだ。相手にまさること。
わたしが取りくんでいるFlesh and Blood(FaB)というカードゲームについて、ここで大枠を説明しておこう。
FaBとはどんなゲームかを一言で表現するなら、格闘ゲームのようなカードゲームだ。プレイできるキャラクターは、時期によって異なるにせよ、30–40名程度を数える。いや、「キャラクター」という一般的な表現は、これっきりにしておこう。FaBの用語にあわせて、ここからは「ヒーロー」と呼ぶことにする。FaBのプレイヤーとなったあなたは、まず1名のヒーローを選ぶ。その者を中心にして、数十枚のデッキを作り上げていくことになる。──しかし、こんな表現では、いかにも味気ない。
FaBのプレイヤーであるあなたは、レイスという世界で名を上げた伝説上の人物(ヒーロー)になり代わる。砂漠で傭兵を率いる〈戦士〉カッサイもいれば、鍛え上げた肉体とふた振りの小太刀で相手に連撃を浴びせかける〈忍者〉カツや、血の呪いに全身を蝕まれつつ相手と渡りあう〈野人〉の少女・レヴァイアもいる。各ヒーローはいずれも、それぞれの業を背負った魅力的な人物だ。ヒーローたるプレイヤーは、カードのかたちで持ち技や策略をくり出すこととなる。例えばカッサイは《戦闘中の略奪(Spoils of War)》によって得た戦略物資を駆使しながら、鮮やかな剣戟を糧に砂漠を生き抜く戦士だ。
血の呪いを受けたレヴァイアであるわたしは、いま、マニラの相手と対峙する。レヴァイアは、己の内なる怪物の力を借りて闘う、極めて大ぶりなヒーローだ。
初戦の相手は忍者タイプのヒーローだ。名前はベンジ。忍者は打たれ弱いが、そのいっぽうで、連続攻撃の爆発力に長所がある。このゲームでは、特定のカードが〈続行(Go Again)〉という能力をもっている。忍者は〈続行〉に次ぐ〈続行〉を重ねて相手を圧倒(ビート)していく。まるで格闘ゲームにおけるコンボのように、連撃をつなげていくのだ。さらにベンジは、防御しづらい攻撃を複数回重ねることができる。うかうかしていると、あっという間にこちらのライフが溶けていく。その代わり、ベンジはライフの総量がほかのヒーローよりも低い。まさに忍者タイプの典型と言っていい存在だ。
野人タイプに属するレヴァイアが、その少女の体躯からは想像もつかないほどに重たい一撃を放つ。まともに食らわせれば、ライフの3分の1をもぎ取れる程度の重たさだ。攻撃が得意なベンジであっても、流石に守って野人の殴打をやり過ごす。打点の競走(ダメージレース)だ。そうして繊細な攻防が何ターンか続けられる。
ベンジの連撃を丁寧に守ったのち、またしてもレヴァイアの攻め番。《満たされざる大食(Endless Maw)》を放つ。これはコストが重たい代わりに、超強力な一撃だ。この小ぶりな体つきの忍者から、ライフの優に2分の1を引き剥がすことができるため、ベンジは守らざるをえないだろう。レヴァイアはそう考える。しかしベンジは守らない。
一挙に忍者の身体がずたずたになる。それでもまだ、負けてはいない。ライフが尽きるまでのあいだは、まだ。
耐えて迎えた、ベンジの攻め番。まずは小太刀で斬りかかる。ゴーアゲイン。再びの小太刀。ゴーアゲイン。そして流れるような打撃、《水の如くあれ(Be Like Water)》をくり出す。ベンジから放たれるこの一打を、レヴァイアはブロックできない。ゴーアゲイン。ここでベンジを象徴する必殺の一撃が飛び出した──《春めく予潮(Spring Tidings)》。おいそれとは防げない一打であるにもかかわらず、これをひとたび食らわせれば、さらなる攻撃の連鎖(チェイン)を続けることができる。ゴーアゲイン、ゴーアゲイン──。
野人のライフが尽きて、勝敗が決する。わたしにとって初の海外遠征は、黒星でスタートした。
◯Play the Game, See the World.
カードゲームの愉しさは他人との交流にある。そう言い切った友人がいる。カードを介して見知らぬ相手と出会い、やりとりする、その体験こそが黄金である、というわけだ。このあまりにも論争的な命題について、その当否はひとまず措かせてほしい。
もちろん、デッキ構築の楽しさを退けるつもりはない。あるいは、いままさに引いたそのカードが相手に勝る決定的な一手であった「あの瞬間」を──椅子から咄嗟に尻が浮く一瞬の価値を、否定したいわけでもない。けれど、わたしがいま盛んに取り組んでいるひとつのカードゲームのタイトルは、いささかの勇み足を感じさせもする例の命題を、その名前のうちに含みこんでしまっている。
Flesh and Blood(フレッシュ・アンド・ブラッド)──直訳すればいかにも血なまぐさい闘いを想起させるだろうこのそっけない三つ揃いの英単語は、慣用句的な用法において、ひとつのゲームを介して対面する人間同士のようすを活写したものとなる。すなわち、血の通った剥き身の(フレッシュ・アンド・ブラッド)やりとりを、である。
だからわたしもまた、先の友人に倣ってやはり、こう言ってみたい。
Flesh and Bloodの愉しさの本質は、見知らぬ他人との出会いに宿っている、のではないだろうか。
わたしはこの命題について、あなたを説得する用意がある。FaBの開発スタジオであるLegend Story Studiosのディレクター、James Whiteが折にふれて言うフレーズを引用しよう。
「ゲームをプレイし、世界を見よう(Play the Game, See the world.)」
これはもともとは『Magic: the Gathering』(以下、MTG)のカルチャーから出てきたフレーズだ。MTGは1993年に生まれた米国発のトレーディングカードゲーム(TCG)であり、そもそもTCGという概念の発祥タイトルですらある。集めたカードでデッキを構築したり、対戦したり、交換したりする。そういうゲームの老舗がMTGだ。そのいっぽう、2019年にニュージーランドで開発されたFaBは新興のTCGであり、2024年現在でようやく5年程度の歴史を歩み始めた。
そんなFaBでは、賞金制の公式大会が盛んに開催されている。ほとんど毎週末にイベントの設定があるほどの、それは頻繁さだ。週末にYouTubeを覗いてみれば、世界中の主要都市から配信される大会のもようを観戦できるだろう。2024年の1月にはシンシナティやクイーンズタウンで大会があった。2月はマニラ、ハートフォード、リヴァプール、3月にはフィラデルフィア、ダラス・フォートワース、キール、ロサンゼルスで、4月にはプーケット、アトランタ、ブィドゴシュチュ、サンフランシスコ、バレンシアで、大会が行なわれた。
配信にアクセスしてみる。すると、それぞれのタイムゾーンで、それぞれの言語で、それぞれの気候で、それぞれの文化や習俗で、いろいろな人たちが、ひとつのカードゲームに夢中になっている。見知ったカードについてスペイン語──さっぱりわからない──で話されているのを聞くのは、なんだか楽しい。配信ごしに、プーケット大会の会場で供されていたタイ料理の味を想像してみるのも、やはり小気味よい視聴体験だ。今日の献立はカオマンガイにしようか、そんな気にもなってくる。
異国との近さは、配信にはとどまらない。FaBで遊んでいると、東京に居たとしても、外国人のプレイヤーと対戦する機会はままある。わたしが新宿で出会ったベルナルドは、ポルトガル国籍の旅行者だった。
対戦中にちらっと彼の手もとに目をやると、その腕にはリストバンドが巻かれていた。フェスやイベントなどで参加者に配られるようなやつだ。目で追いかけてみるも、書かれた文字は読めない。
対戦が終わったあとで、腕のものについて水を向けてみた。
「ああ、これかい。このあいだはバルセロナに行っていたんだ」そこでにんまりと笑ったその顔が、いまでも印象に残っている。「結果は散々だったが、あの数日間は──楽しかったな」
彼は前の月に行なわれていた世界選手権大会に出ていたらしく、まるで記念品のように、イベントのリストバンドを身に着けていた。よっぽどFaBを好んでおり、また、旅を楽しんでもいるんだろう。そのことが伝わってきた。
ベルナルドとのマッチにわたしは負けたのだが、相手が世界レベルの強豪ならば仕方がないか。そう思った。
当時のわたしは、このゲームを始めてからまだ半年も経っていなかった。そう自覚して思い直す。
むしろ、強豪からは学ぶにかぎる。そう考えて、感想戦をしてもらった。ゲーム絡みの質問の合間には、いろいろと世間話もできた。東京には何日いるのかとか、三週間ほどの滞在であるという返答とか、この国で好きな食べ物は何かとか、その答えが意外にもチェーン店のカレーだったこととか、そういった話を。
やがて別れ際に、彼が問う。
「ヘイ。明日もきみはここで、店舗大会に出るのかい?」
「うーん」とわたしは応じる。「フィフティ・フィフティ、かな。あなたはどうですか(ハウアバウトユー)?」
「ふむ」と彼も応じる。「フィフティ・フィフティだな」
それ以来、彼とは会っていない。
でも、FaBをつづけていれば、いつかどこかで再会できる予感がある。それもおそらく、どこか異国の地でばったりと出くわすことになるのではないだろうか。なんとなくそんな気がする。そのときに披露するためのお土産話を、いくつももっておきたい。わたしは、強くそう思う。
おそらく再会後のやりとりは、こんな具合になるだろう──。
「きみも世界でゲームをプレイしてきたわけだね」カード越しににやりと笑う、ベルナルドの笑顔が浮かぶ。「それは、どんな旅だった?」
「うーん」とわたしは一拍置くだろう。その一拍は、これまで出会ってきたたくさんの人々を思い起こすために必要な時間だ。「どうやら長い話になりそうです」
彼に向かって話すみたいに、わたしは語ろう。
( FaB旅行記 マニラ篇 1/4 )
Tom Ohta / Sappiest @Sappiest_FaB
お気に入りヒーロー:《Levia》,《Florian》
お気に入りカード:《Scowling Flesh Bag》
ホームショップ:CloveBase池袋
アジア圏の交流を図るDiscordサーバー〈Sappiest〉を細々と運営中。サーバーでは日夜調整が行われたり英語のチャットが飛び交ったり。FaBの海外情報を発信するPodcast〈ぶらぶら新報〉も配信中! 都内のシーシャ屋によく出没します。
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